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広島高等裁判所 昭和37年(ラ)17号 決定 1962年12月12日

抗告人 瀬川高道(仮名)

右法定代理人 親権者母 瀬川春子(仮名)

主文

原審判を取消す。

本件を岡山家庭裁判所勝山支部へ差戻す。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりであり、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

原審判は、親権者である母が先ず子を扶養し、ただ最善の努力を尽してもその扶養が困難である場合にはじめて親権者でない父に対しその生活資力に余裕がある限りその扶養を求めることができるものであるとの見解に立ち、現在親権者である母親瀬川春子において子である抗告人を扶養することが著しく困難であつて、日常の生活を維持しえないほど差迫つた状況にあるものと認定しえないことを理由に、抗告人の父に対する本件扶養料の請求を排斥したことは原審判の判文上明らかである。

そして右のとおり親権者でない父はその生活資力に余裕があるときその限度において子を扶養すべきいわゆる生活扶助義務を負担しているのに過ぎないものであるのか、或いは自己の生活を切下げ犠牲にしてもなお自らの生活と同程度に子を扶養すべきいわゆる生活保持義務を負担しているものであるのかは議論のあるところである。そこで夫婦相互間、親と未成熟の子との間の扶養が他の親族間に認められる生活扶助の扶養と区別され特に生活保持の扶養として観念されている所以を考えてみるのに、夫婦親子はもともと他の親族と生活単位を異にし、社会の自然的且つ基本的な生活単位として単一の共同生活体を構成すべき特殊の身分関係を具有し、夫婦であり親子であるという身分関係自体に基き必然的に共同生活体を構成し被扶養者の生活を自らの生活の一部となすべきいわゆる生活保持の義務があるものとされているのである。

ところで嫡出でない子は父に認知されても、父母の協議または家庭裁判所の審判によつて父を親権者と定めた特別の場合を除いて、母が親権者として子の監護及び教育をなすべき権利を有し義務を負うことは民法第八一九条第四項第五項第八二〇条の定めるところであるけれども、右第八二〇条は、親権者である母が子の監護及び教育の義務を履行するにつきこれに要する費用を負担すべきこと、すなわち扶養の義務あることをも定めた規定であると解するのは相当でなく、親権者でない父もまた子との間に存する親子という身分関係自体に基き親権者である母と同順位でその資力に応じ共同して子を扶養する生活保持の義務があるものといわなければならない。

しからばこれと異なる前記見解に立つて抗告人の扶養料の請求を排斥した原審判は違法であつて本件抗告はその理由がある。

よつて家事審判規則第一九条第一項に従い主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 柴原八一 裁判官 柚木淳 裁判官 西内辰樹)

別紙

抗告の理由

一、原決定は、親子間の所謂扶養義務についてその解釈を誤り、扶養義務を、単に自己の生存に余裕のある場合に限り相手方の困窮を援助する所謂生活扶助の義務に限るものの如く解し、抗告人たる申立人の生活の現状についてのみ検討を加え、相手方たる河井淳一のそれについては判断の要なしとしているのであつて、如斯は、所謂扶養義務が親子相互間に夫々相手の生存を以て即自己の生存なりと解し、これを維持し合つて行くことを目的とする生活保持の義務なることを忘却せるものであり、抗告人の首肯し得ざる処である。

( 以不省略)

原審(岡山家裁勝山支部 昭三七(家)七五号 昭和三七・九・七審判 却下)

申立人 瀬川高道(仮名)

右親権者母 瀬川春子(仮名)

相手方 河村俊一(仮名)

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

本件申立の要旨は、申立人は昭和三四年一〇月九日母瀬川春子と相手方との間に出生し、母春子に養育されているものであるが、相手方は昭和三六年六月九日確定の岡山地方裁判所勝山支部昭和三五年(タ)第四号、親子関係存在確認請求事件の確定判決により、申立人を認知した。したがつて相手方は申立人の父たることに確定したのであるから、申立人の養育費は相手方と申立人の母とにおいて、折半負担すべきものである。

申立人の養育費としては、昭和三四年一一月から昭和四一年三月までは月平均三、〇〇〇円、昭和四一年四月から昭和四七年三月までは月平均四、〇〇〇円、昭和四七年四月から昭和五〇年三月までは月平均五、〇〇〇円を必要としさらに昭和四一年四月から昭和四七年三月までは月平均二、〇〇〇円、昭和四七年四月から昭和五〇年三月まで月平均三、〇〇〇円の義務教育費を必要とし、義務教育終了後も満二〇年に達するまでは、なお月平均三、〇〇〇円の生活費補助を必要とする。

申立人の母春子は田三反歩余、畑若干を耕作し、春子の母菊江、申立人、申立人の兄庄一を加えた四人世帯で生活しているが、その生活は苦しい。これに反し相手方は田一町二反歩余、畑三反歩余を耕作し、山林三町四反を所有する河村仁美の養子となり、仁美の養女一子と結婚し、その間に一男二女の子があるが、上記申立人認知の判決確定後の昭和三六年六月二四日協議離婚の届出をして表面上は無資産者となるようにした。しかし相手方は依然仁美と同居し、農耕は主として相手方において行ない、実質上は仁美の養子たる立場にあるもので、相当の扶養余力を有する。よつて相手方が申立人の扶養料として上記必要額の半額程度を負担するよう審判を求める。というのである。

そこで審究するに、記録編綴の戸籍謄本、申立人の母春子および相手方を各審問した結果によれば、申立人の母春子は相手方に妻子があることを知りながら、これと情交関係を結び、昭和三四年一〇月九日申立人を分娩したこと、昭和三六年六月九日相手方が申立人を認知する旨の裁判が確定し、同年八月二〇日認知の届出がなされたことが認められ、申立人と相手方とは父子関係にあることが確定している。しかしながら申立人は婚外であつて母春子のもとで養育せられ、相手方はその妻子と生活を共にし、申立人と相手方とは生活を共にしてはいないのである。

思うに婚外子に対する認知した父親と、母との間には親としての扶養義務に生活を共にしている場合は差異がないというべきであろう。 しかしながら、婚外子が父親と生活を共にしていない場合は、その子に対する第一義的の扶養義務は子と生活を共にする母が負担するのが相当であると解すべきである。すなわちこの場合はいわゆる生活保持義務として乏しきをも分ち合い生活すべきものである。ただ母において最善の努力をしても子の養育が困難な場合、父親は婚外子に対しても扶養余力がある限り扶養の義務を尽すべきは当然である。しかし父親が認知した以上、常に当然に子と生活を共にする母と同様、同程度において婚外子に対し父親も一半の扶養義務を尽すべしとすることは妥当な見解ではあるまい。

上記の見解に立つて本件申立の当否を考えるに申立人が現在(将来のことは今は問題とならない)母春子のもとで養育されていることが困難な状況にあるか否か、言葉を換えれば申立人に扶養の必要性の有無がまず決定さるべきことである。そこでこの点について審究するに記録編綴の美甘村長の回答書、申立人の母春子審問の結果(一、二回)、参考人瀬川菊江審問の結果を総合すると、春子(一部菊江と共有)は家屋敷を有するほか田約二反四畝(ほかに約五畝ばかりであつたが訴訟費用捻出のため近頃売却処分したという)、畑約一反五畝(地目雑種地のものあり)を耕作し、菊江は老令で労働はできないが、申立人の子守をして老令年金月額一、〇〇〇円を受けており、春子および今春中学校を卒業した庄一は農事の外に土方人夫として働き、春子が日当三八五円を、庄一が日当四八〇円をこえているのであつて、その稼働日数は月によつて果るようであるが相当の収入となり田の耕作により大体食糧米がえられる(他へ売れば不足する)こと、申立人は現在三年に僅か足りない子で日常生活費以外に特別の費用を必要としないこと等を合せ考えると、申立人が母春子のもとで養育せられる現状において他に扶養を求める必要があるとは認められない。人の生活程度には高低限度のないことである。春子の家庭よりも相手方宅の方が裕福で良い生活をしているであろうことは推認するに難くないが、申立人は春子の子として生れ、母と生活を共にしているのであるから、現在春子の生活程度以上を求めえないことは当然である。春子は申立人が生れこれを養育することにより多少家計費の負担増はあろうが、他方そこには母としての喜びや生き甲斐もあるのである。要するに春子において申立人が出生しこれを養育することにより現在家計が著しく困難となり、日常の生活を維持しえないほど差し迫つた状況にあるとは思われないのである。

そうすると相手方に扶養余力があるか否かについて判断するまでもなく本件申立は現段階においては失当といわざるをえない。

よつて申立費用は家事審判法第七条、非訟事件手続法第二六条により申立人の負担とし主文のとおり審判をする。

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